所感/雑感
企業決算でも、マクロデータでもなく、再度街に人が繰り出し、日常を取り戻すことが新型コロナの第2波到来を招かないかという不安感が市場を覆った。パウエルFRB議長が景気に強い警戒感を示したことも市場心理を悪化させた。米中貿易問題も市場心理を冷ました。だが調整は狭い範囲で終わっている。
日米各株式市場の先週の終値と週間騰落率

日経平均採用銘柄PERは27.5倍、でもPBRは0.96倍の不思議
土曜日の日経新聞朝刊の「マーケット総合1」にこんな数字が発表されている。最上段の日経平均採用銘柄(225銘柄)の予想PERは27.50倍、前期基準ならば12.69倍と2倍以上も急激に跳ね上がっている。数値を8日の朝刊で確認すれば予想PERは16.84倍にまで急低下する。8日の日経平均株価は20,179.09円と15日の方が140円は安いことを踏まえると、更に15日のPERの方が高いことになる。にもかかわらずPBRは両日共に0.96倍だ。

(出所:日本経済新聞朝刊 2020年5月16日)
実は日経平均株価のPERがジャンプしたのは5月13日からだ。前日12日は18.64倍、翌13日が23.74倍。実は12日に大きな決算発表があった。それが日本の時価総額最大企業であるトヨタ自動車(7203)だ。この決算内容が大きく影響していることは間違いない。終わった期のトヨタ自動車の一株当たりの利益(EPS)は「希薄化後1株当たり当社株主に帰属する当期純利益」ベースで729.50円と前年の645.11円よりも13%も増加している。これを受けて、PBRの算定根拠となる「1株当たり株主資本」も7,252.17円と前期の6,830.92円よりも421.25円も増加している。つまり2020年3月期の決算は非常に良かったということがわかる。
しかし併せて発表された2021年3月期の決算見通しは下記のような形で発表された。営業収益が今期に比べて約6兆円マイナスの24兆円、続く営業利益が約2兆円マイナスの5千億円、以下利益項目については未定、という内容だ。つまり予想EPSは提示されていない。笑っては申し訳ないが、相当多くのアナリスト達が(今後の収益見通しを作るのに)これには困った筈だ。
(出所:トヨタ自動車2020年3月期決算 決算説明会資料13ページ)
今年は新型コロナウイルスの影響で景気の先行きが不透明であるとして、通期見通しを発表しない企業が多い。その場合の日経平均株価のPER算定根拠となるEPSは誰がどうするかと言えば、日経新聞社の担当記者が計算するとある。新聞社に証券アナリストは居ない。その方法論については敢えてここでは言及しないが、信念をもって自らの見通しを算出するというよりは、周りの状況に流された形のものを出す筈だ。記者であってアナリストではないのだから。つまり「新型コロナの影響がそんなに業績に響くとは思えない。だからもっと営業収益も営業利益は出る筈だから、日経平均のPER算出用のEPSは○○〇円とする」なんて豪胆なことなしないだろう。これらの積み重ねが今期日経平均株価のPERとして記載されている数値だ。チャレンジャーが居ない限りは、EPSが高くなるわけがない。
一方、PBRの方は2020年3月期の「1株当たり株主資本」をベースに計算される、すなわち企業側から与えられた実績値をそのまま使う。更に言えば、トヨタ自動車の場合ならば前期基準よりも増加している。よって、日経平均株価が多少上昇していてもPBRの低下にはならない。これが現状のPERとPBRの種明かしのひとつだ。
週末のトヨタ自動車(7203)の終値は6,249円。PBRは6249÷7,252.17=0.86倍となる。前期基準の0.91倍(BPSが6,830.92円)よりも当然更に低下した。逆に営業利益は1/5になるのだから、営業外損益や持分法利益などで特別のことが無い限り、「希薄化後1株当たり当社株主に帰属する当期純利益」は今期729.50円の1/5と計算されるかも知れない。つまり145.9円。これでPERを計算すると6,249円÷145.9=42.8倍となる。今期が8.6倍なので物凄い急騰ぶりである。さて、貴方ならどちらのバリュエーションで株価を見るだろうか?
トヨタ自動車が敢えて通期見通しを発表した理由
決算説明会を視聴していて(今年は質疑応答まで公開されたのは喝采したい。ただメディア向けの説明会だったので、アナリストと機関投資家向けのものを公開して欲しいと更に欲が出る)「さすが、天下のトヨタ自動車だな」と正直惚れ惚れしたのは(私は基本的にトヨタLoverです)、すそ野の広い産業の頂点に位置するものとして、トヨタ自動車は何らかの道標を関係企業の為にも示さないとならないという豊田社長のコメントだ。
また国内生産300万台は死守するという心意気だ。それは日本経済の為にも、トヨタ自動車が国内で300万台のクルマを作らないと、裾野に大きな迷惑を掛ける、日本経済がダメになるという強い想いだ。国内の雇用を守るためにも、そうすべきだという信念を豊田社長のコメントに強く感じることが出来た。
株が企業の所有権の証憑である以上は、その根源的な価値は解散価値だ。赤字がガンガン続かない限り、本来はPBR1以上でないと理屈上おかしなことになる。トヨタの終値はその解散価値から1,000円以上も下である。トヨタの通期予想は色々な意味で難しいながらも、単純に「エイヤ!」の数字ではないだろう。更に言えば、約1/5に営業利益がなるとは言え、赤字決算をするとは思えない。すなわち、解散価値は減少しない。この辺りに大きな答えがあるような気がする。
テクニカルな面を確認しておこう(米国株)
いつものS&P500と恐怖指数の相関グラフ。綺麗に株価のボトムアウトと、恐怖指数のピークアウトで負の相関関係を示している。2番底を気にする向きは多いが、経験則的にはこの状態から再度ボラティリティを叩きあげるような株価下落をするためには、余程予期せぬことが無ければ、市場は怖がらない。つまり恐怖指数は上昇しない。
米中貿易問題にまた火がついてきたが、武力衝突でも起きない限り、株価がもたつくこともあっても、前回の安値を下回って下落するという事はないだろうと思われる。

米国債のイールドカーブは、5月に入って目立った動きはない。週末が赤いラインだが、ほぼほぼ赤と青と黒が同じ位置にあるのがお分かりいただけるだろう。

テクニカルな面を見ておこう(日本株)
米国株と同じに、日経平均株価とそのインプライドボラティリティ(恐怖指数と同じ発想)の推移を見て頂きたい。米国株のように株価が右肩上がりにはなっていないが、明確に負の相関関係は認められ、週末時点のボラティリティの終値は32.13と過去2回の高値を下回ってきた。通常ならば、テンポは落ちるかも知れないが、やはりボラティリティの更なる低下と、株価の上昇がこの先には観測出来る筈。2番底等を考える必要は無さそうだ。

また原油価格も一時はどうなるのかと思ったが、ほぼほぼ過去15年間の過去にも経験している安値レベルにまでは回復した。マイナス価格にまで急落したのだから、まずは一安心だ。ただ未だに原油の貯蔵場所探しは大変なことになっているようだ。

この先の動向のまとめ
非常に危惧していることがある。それが日本ならば39県の緊急事態宣言の解除であり、それ以前に「自粛疲れ」などと揶揄される国民の弛みだ。確かに日本の『ACTIVEな感染者』の数は劇的に減り、5月16日朝現在のFund Garageの集計では5,555人だ。感染者数の増加自体も二桁台に落ち着いてきた。だがこれは4月下旬からの人との接触8割減を要請された上での努力の結果が今出てきているのであり、実はウイルスそのものが無くなったわけでも、ワクチンが開発されたわけでも無い。
全く日本のメディアというのはいい加減なもので、その中でも「新型コロナウイルス」を取り扱う頻度は落ちたと思う。つまり報道する側も、それをお茶の間でワイドショーを齧りついてみる世代にとってもこの話題に「飽き」が来たということだ。往々にして日本の場合はこうなり易い。熱し易く冷め易いとも言う。
残りの都道府県はまだ解除されたわけでは無い。だが明らかに人出は増えているし、全体的に弛みが出てきている。また解除された39県から首都圏に入ってきているクルマのナンバーを地元でもかなり見かけるようになった。再度緊急事態宣言をすることになれば、経済へのインパクトは小さくないかも知れない。
同じことが世界中で言える。ドイツでも、韓国でも、手綱を緩めた途端に感染者が増えてしまった。本当に今ここで手綱を緩めることが正しい判断なのか、日本では手綱を緩めていない39県以外の都道府県民は大人しく外出自粛を継続出来るのか、正直、非常にそれは疑わしいことだと思う。恐らく、当面の最大のリスクはそこにあると思われる。
事実、日本はまだ感染者数が減った内容が発表される期間(自粛が厳しかった時点から2週間以内)だが、米国はあれほど厳しくした筈であるにもかかわらず、目立った成果は出ていない。またロシアやブラジルで増加テンポは拡大している。更に言えば、毎朝のデータ更新の対象国に加えていない国々が、最近随分と増えてきている。
例えばバングラデシュ、南アフリカ、クウェイト、ドミニカ共和国、エジプト、セルビア、パナマ、アルゼンチン、などは実はオーストラリアやマレーシアよりも感染者数累計は既に多くなっている。つまり新型コロナウイルスの感染拡大は収まっていないということだ。経済活動が元に戻る中で、再度人の移動が活発になった場合、状況が悪化する可能性は非常に高い。是非、この辺りの情報もFund Garageで毎朝更新している「世界の新型コロナウイルス感染動向・国別データの分析」で確認して頂きたい。コメントは公式Facebookに更新のご連絡と共に毎朝簡記しているので、是非とも参考にして頂きたい。
注目の右肩上がりのビジネス・トレンドとトピックス
こんな時だからこそ、見直してしまったトヨタ自動車
前述した通り、私は古くから「トヨタ LOVER」だ。そのDNAを受け継いでいるグループ企業の多くも好きだ。しかし今回の決算説明会での豊田章男社長のプレゼンテーション、及びその後のQ&Aは、あらためて「トヨタ自動車(7203)」がどれだけ素晴らしい会社かを再認識させて貰ういい機会となった。是非、「世界中の仲間と“ともに”強くなる」(2020年3月期 決算説明会 Ⅱ部 豊田社長スピーチ)と題して行われた決算説明会Ⅱ部の社長スピーチを聞いて欲しい。
その後半に「国内生産300万台体制の死守」ということについて、その意味を説明している部分がある。
曰く「私たちが「石にかじりついて」守り続けてきたものは、「300万台」という台数ではありません。守り続けてきたものは、世の中が困った時に必要なものをつくることができる、そんな技術と技能を習得した人財です。こうした人財が働き、育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しております。コロナ危機に直面した今でも、この信念に、一点のくもりも、ゆらぎもございません。」というもの。
更に続けて「雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、いろいろなことを「やめること」によって、個社の業績を回復させる。それが批判されるのではなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。「それは違う」と私は思います。企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しい時でも、いや、苦しい時こそ、歯を食いしばって、技術と技能を有した人財を守り抜いてきた企業が日本にはたくさんあります。そういう企業を応援できる社会が、今こそ、必要だと思います。ぜひ、モノづくりで、日本を、日本経済を支えてきた企業を応援していただきますようお願い申し上げます。」とも言われた。
こうしたことを公言出来る企業、そしてそれを実際に果たしてきた企業、その企業が日本の時価総額トップの企業であることに非常に安堵感を覚えたものだ。もしトヨタに実力が無くて、技術力でも世界に劣り、最先端を見つめる力が無いのなら、それは単なる大風呂敷の大言壮語に過ぎないが、有言実行してしまっているからこそ凄いと感じざるを得ない。
トヨタの株を「私のイチオシ銘柄」として紹介すると、必ず言われるのが「面白くない」という感想だ。しかしそれでも、「株主としてその企業の一部を所有し、一緒に同じ夢を見るのが楽しい企業」はそんなに多くは無い。実はその筆頭銘柄がトヨタ自動車だ。
「非接触型の社会」では再びクルマが売れるようになる可能性がある
前回、「他人との接触を最小限にする中で、より快適な就労、学習、エンターテイメントを追究し、失われたQOL(Quality of Life)の回復を目指す」とお伝えしたが、全く同じ発想のことを、豊田章男社長もその質疑応答の中で「非接触型の社会」の到来という言い方で説明をされた。
実はこの流れで大きな恩恵を受ける可能性があるのが自動車業界だという意識があるからこそ、プレゼンテーションも冴えていたのかもしれないと穿った見方をしてしまいたくなる。
実際にテレワークやリモートワークの比率が増えれば、首都圏へ通勤する人の数は減るだろう。その段階で満員電車も空いた乗り物に変われるかもしれない。しかし、もし同様に道路の渋滞も減るならば、より安全にマイカー通勤を志向する人は増えるのではないだろうか?事実、米国では「ロックダウン(都市封鎖)」が解除になった年でマイカー利用が50%増えているという統計がある。元々マイカー利用が多い国でもそうだ。都心は地下鉄やJRの方が便利だからとクルマを手放す人も多いが、新型コロナウイルスの感染リスクと隣り合わせで公共交通機関が好まれるだろうか?或いは、シェアリング・カーが好まれるだろうか?
プレゼンテーションの中では面白いことを話していた。それは「自動運転のクルマでも、運転の上手い下手があるようなクルマの開発」という内容だ。その真意は良くわからないが、ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems,先進運転支援システム)によって老若男女誰が乗っても安全に走行出来るが、無機質に同じような走りになるのではなく、安全の中にも運転の楽しさも残すようなクルマ、という意味だと私は受け取った。それは幅広い層が「非接触型の社会」ではマイカー利用に戻って来るからという読みがあるからなのではないだろうか?私にはそう聞こえた。
だとすれば、自動車関連株はマクロ見通しがスローダウンしてことを受けて割安に放置されている。「雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、いろいろなことを「やめること」によって、個社の業績を回復させる企業」以外の企業から、投資先を探してみるのは長期投資にとっては非常に有益な戦略だと思われる。
My favorite Companies List(株主となって所有したい企業のリスト)
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